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東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)196号 判決 1964年6月05日

原告

服部源二

右訴訟代理人弁理土

中谷楢太郎

被告特許庁長官

佐藤滋

右指定代理人通産業事務官

網野認

城山鉄雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  双方の申立

原告は「昭和三五年抗告審判第三、三八〇号事件につき特許庁が昭和三六年一一月一七日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

原告は本訴請求の原因として次の通り述べた。

一  原告は別紙(一)に掲げる商標につき指定商品を旧類別(大正一〇年一二月一七日農商務省令第三六号第一五条所定)第五十七類本材として、昭和三〇年一一月一九日その登録を出願し(昭和三〇年商願第三一、五二四号)、昭和三一年二月二五日出願公告がなされた(昭和三一年商標出願公告第三、九三〇号)。これに対し訴外龍川産業合名会社から登録異議の申立があり、昭和三五年一〇月三一日拒絶査定がなされた。そこで原告は同年一二月一九日抗告審判の請求をしたが(昭和三五年抗告審判第三、三八〇号)、昭和三六年一一月一七日特許庁は右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決書の謄本は同月二七日原告に送達された。

二  右審決は、本件商標は、拒絶理由に引用した登録第四〇六、八七四号の商標(別紙(二)の通り)とを対比し、本件商標は、引用商標と外観上相異なるものであるにしても、いずれも「ヤマイチ」の称呼を共通にし、かつ「山一」の観念を生じさせるものであり、さらに指定商品が抵触するから、本願の商標は旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第二条第一項第九号に該当し、その登録は拒否すべきものと判断しているのである。

三、被告が本件拒絶理由に引用した商標は指定商品を旧類別第五七類角材、板割材、其他一般木材類として、昭和二四年六月二七日に出願し、昭和二六年一二月二六日に前記登録番号をもつて登録されたものであつて、その形状等は別紙(二)記載の通りである。

四  しかしながら、右審決は、次に述べるように右の両商標の類否について判断を誤つた違法があるので、取り消されるべきである。

(一)  本件商標は山の記号の下に原告の屋号である「木源」の「木」の字を隷書体として表示したものであつて、「木」とは正確に区別の存する「市」の隷書体ではないから、この商標からは「ヤマキ」の称呼のみを生ずるものであつて、これ以外の称呼は生じない。

すなわち、書体は隷書体ではあるが、文字以外の記号的表示ではなく、文字で表示されているのであるから、定つた読み方がある。しかも本件商標はその文字の表示の仕方も誤つていないのであるから、その称呼は「ヤマキ」以外にはない。したがつてたまたま誤つてこれ以外の称呼が用いられることがあるとしても、それを以つて取引の実際のすべてであるということはできない。ことに原告は本件商標を使用するに当つては、常にその商号の「木源」と組み合わせているのである。

(二)  これに対し、引用商標のうち山形の記号は、富士山を簡単に表示するために用いられるものであるから、引用商標は「フジイチ」の称呼を生ずるとみるのが取引の実情に合致する。のみならず、富士山をもつて「日本一の山」「日本一秀れた山」または「日本一秀れたもの」を現わそうとするのが日本人古来からの国民感情であるから、「フジイチ」と称呼観念してこそその感情にもつとも適合する。

第三  答弁

被告は事実上の答弁として次の通り述べた。

一  原告主張の請求原因一ないし三の事実はこれを認めるが、四の主張はこれを争う。

二  本件の商標と引用商標とは類似する商標であつて、審決は正当である。

(一)  本件商標のうち文字を現わした部分に「木」の隷書体が用いられているとしても、隷書体の文字は取引上一般には使用されているものではないばかりか、隷書体として一定の読み方があるからといつて、それ以外の称呼を生じないとはいえず、むしろ本件の商標は「ヤマイチ」との称呼を生ずるものと解するのが自然である。

のみならず、商標が他の文字図形等と組み合せて使用されるなど、その使用の態様は、該商標から特殊の称呼観念が生ずることの理由となる場合があり得ないではないにしても、商標の類否は第一次的には、出願され登録された商標自体により判断すべきであつて、その場合に一定の称呼が生ずるものと判断された以上は右のような使用の態様による特殊事情は、このような判断の結果生ずるものとされた一定の称呼を否定する理由とはならないから、原告主張のような一定の読み方があることあるいはその使用態様という事情をもつてしても、「ヤマイチ」の称呼を生ずるとする審決の理由を覆えす事由とはならない。

(二)  引用商標についていえば、その記号から「フジイチ」の称呼が生ずることは否定しないとしても、その指定商品は木材の類であるから山林と関係が深いばかりか、商標を構成する山形の記号から、富士山以外の「山」一般の観念を生じないと断ずることはできないから、引用商標からもつとも普通に生ずる呼称は「ヤマイチ」であるとするのが取引の実情に合致する。

(三)  したがつて、本願商標の指定商品の指定商品の取引者または需要者も両商標が指定商品に使用されるときには、商標を使用する者が、これらの商標によつて、自己の営業が山で一番であることを意味するものとしてこれらの商標を採択したものと観ずるであろうことは経験則に照しても容易に理解しうるところであるから、両商標とも「ヤマイチ」「山一」と称呼観念するものと考えるのが自然である。

第四  証拠関係≪省略≫

理由

一  原告主張の請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで以下原告の本件商標(別紙(一))と被告の引用商標(別紙(二))との類否について検討する。

(一)  右当事者間に争いのない事実に成立に争いのない甲第三号証の一ないし四を総合すれば次の事実が認められる。

原告の本件商標は旧類別第五十七類木材を指定商品とするものであり、その構成は別紙(一)記載のとおりであつて、入山形様の記号部分とその記号の下の文字部分とからなるものであるが、この文字部分は「木」の隷書体をゴシツク風に太書し、その曲線部分を直角に角度をつけたものである。

一方、これに対する引用商標は、旧類別第五十七類角材板割其他一般木材類を指定商品とするものであり、その構成は別紙(二)記載のとおり、三峰を有する山形の記号の下に「一」の文字が通常の書体で書かれたものである。

(二)  そこで、右両者についてその類否を考えてみるに、先づ本件商標についてみると、原告は、本件商標のうちの文字部分は「市」の字を現わしたものではないと主張するけれども、隷書体は今日一般社会に通用する書体とはいえないから、この文字部分がいかなる文字を表現するものであるかは、その書体がいかなる書体であるかの点も考慮すべき一事由でありうるとしても、それよりも、表現されたところが取引界一般において客観的にどのように見られ、どのように読まれるかによつて判断すべきものと解するのが相当であるから、この観点から本件商標を観察するときは、その文字部分は「木」の字というよりも「市」として読まれる可能性が多分にあるものというの外はない。したがつて、本件商標からは、一般にいえば、「ヤマイチ」の称呼を生ずるものと解するのが相当である。

原告は、その使用態様からみても「ヤマキ」との称呼を生ずる旨主張するが、本件商標がその主張のように原告の商号である「木源」とともに使用される場合に、「ヤマキ」の称呼を生じうべき可能性のあることは否定し得ないとしても、本件の商標が常に右のような原告の商号とともに使用されるものと限られているものでもない本件においては、本件の商標そのものから生ずる呼称として、常に右のようなヤマキのそれしか生じないものとは到底いい得ないところであり、本件の商標そのものからは、前記の通り「ヤマイチ」の称呼を生ずるのが一般であると解するの外はないので、右原告の主張はこれを採用することはできない。

(三) これに対し、引用商標のうち山形の記号は富士山を表示するものとみることもできるから、この商標からは「フジイチ」の称呼を生ずるものということもできるけれども、同時に、この記号を富士山以外の「山」一般を表示するものと見る可能性もまたこれを否定できないところであるから、この商標の称呼として「ヤマイチ」の称呼の生じ得ることもまたこれを否定し得ないところである。

しかも、引用商標の指定商品は角材、板割材その他一般木材類であつて山に関係が深いものであるから、この観点からすれば、指定商品についての需要者間においては、その山形の記号を富士山に限らず、ただの山と見て、むしろその称呼を「ヤマイチ」とするの可能性が多いものとも考えられよう。

(四) よつて、両商標を以上の観点から対比すると、その称呼を同じくするから他の観点からの判断をまつまでもなく、類似の商標というべく、またその指定商品が互いに牴触することは明らかであるから、本願商標について登録すべきではないとした特許庁の審決は正当である。

三  結局、原告の請求は理由がないので、これを棄却し、訴訟費用について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官山下朝一 裁判官古原勇雄 田倉整)

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